クボー御嶽を拝み終えて、再び中道に出た。すぐ先に左に入る砂利道があって、高速船のチケット売り場でもらった印刷物の地図には、「ロマンスロード」と書いてある。海に面した崖の上をぐるりと回る遊歩道である。岩場で魚を釣っている男性がいた。遊歩道わきの広場で弁当を開いている家族連れもいる。テッポウ百合の群生が美しい。展望台からは、海を隔てた対岸に、ニライカナイ橋がはっきりと見えた。
中道は舗装が切れ、そこから先には、白い道がカベール岬にむかって真っ直ぐに伸びていた。カベールには、神谷原(あるいは神屋原)の漢字を当てているガイドブックもある。神が宿る聖域の意味であろう。琉球の開闢(かいびゃく)神、阿摩美久(アマミク・アマミキヨ)が降臨した霊地だと伝承されている。
先の印刷物には、「壬(みすのえ)の日に、ここより神様は馬に乗って島の廻りを巡視すると伝えられている。クバの林があり、岬にある小浜は、昔アマミキヨの到着した霊地と伝えられている。旧暦の1月のヒサーチには、岬で一年中の大魚祈願が行われる。」と、説明している。大漁祈願には、白装束に身を固めた神女たちが、クボー御嶽で祈願を終えてカベール(神谷原)にやって来て、神歌(ティルル)を歌い、豊漁を祈るのだという。
神歌(ティルル)とは、守護神が神女に憑依して、その口を借りて神の詞を伝える歌である。神女が神に歌わせられているのだ。昨今では神歌を印刷物にして配ったり、録音したテープを流して祭祀を済ませる集落もあるという。久高島のことではない。
周辺の植物群落は、島の人々が聖域として大切に保護してきたため、アダン(阿壇)、オキナワシャリンバイ(沖縄車輪梅)などの貴重な植物が自生し、1955年には沖縄県天然記念物に指定されている。聖域を思わせるに相応しいクバ(クボー)の木が群生して、低木の上に伸びている。この地に降臨したアマミキヨは、クバの林のもとに庵を編んで住んだというが、「あの辺りなのかなぁ~」と想像しながら、しばらくの間、小高く盛り上がった丘を眺めていた。
神聖な木「クバ」は祭祀には欠かせない植物だという。道の端に写真入りの説明板があった。祭祀を行う広場にはクバの葉が敷き詰められ、その上に白装束の神女が正座して祈りを捧げている。神を招き祭祀を行う神アシャギは、周囲をクバの葉で覆い、神にささげる神酒の覆いもクバの葉である。神に祈り舞う神女の手にはクバの葉で編んだ扇が握られている。民俗学者吉野裕子の論文に『祭りの原理』があるが、「蒲葵・クバ」と沖縄の祭祀、習俗との密接な繋がりついて、豊富な資料と検証に基づいて考察している。
岬の突端は琉球石灰岩がごつごつと突出した岩場になっていて、若い男女が写真撮影をしていたが、老人の覚束ない足どりで散策するには危険である。僅かばかりの白い砂浜と海の碧がまぶしく眼にうつる。岩場に囲まれた砂地に座って、暫らくのあいだ、緑の森と岩に砕ける白い波、碧い海原と、その向こうに霞む本島の風景を堪能していた。
(2016.3.29)




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